
ハードロック・ヘヴィメタルの先駆者的存在であり、後続のバンドにも多大な影響を与えたのが、Led Zeppelin(レッド・ツェッペリン)です。
しかし、その成り立ちと歩みを詳しく知っているでしょうか。
また、「レッド・ツェッペリン」という特徴的な名前も気になるところ。
バンドの歴史や背景を深く知ったうえで、楽曲を聴きたい方も多いのではないでしょうか。
「Led Zeppelinってどんなバンドだったんだろう」
「特徴的な名前だけど、どういう意味?」
「メンバーについて知りたい」
「どのアルバムがおすすめなのかな」
「現在は活動しているの?」
そんなお悩みを持つ方のために、この記事では、レッド・ツェッペリンのメンバーのプロフィールや名盤とされているアルバム、現在の活動について解説します。

まずは、バンドの概要からご紹介します。Led Zeppelinがどういうバンドなのかを振り返ってみましょう。
Led Zeppelin(以下、レッド・ツェッペリン)は、1968年に結成されたイギリスのロックバンドです。
ロバート・プラント、ジミー・ペイジ、ジョン・ポール・ジョーンズ、ジョン・ボーナムの4人で主に活動し、世界中で最も売れたバンドの一つです。そのシングル・アルバムの総売り上げは2億〜3億枚と言われています。

Heinrich Klaffs特筆すべきは、様々なジャンルの音楽を融合させつつ、独自のハードロックの形を編み出した点です。
ブルースやフォークといった、一見ロックからは遠いジャンルから影響を受けているにもかかわらず、重厚なギターリフによって確実に自分たちのロック音楽に落とし込んでいるのは見事と言えます。
従来のロックを重厚なサウンドで塗り替えたレッド・ツェッペリンのパフォーマンスは、メンバーそれぞれのテクニックが融合し、瞬く間に世界中の音楽ファンを魅了しました。

人気を博したレッド・ツェッペリンでしたが、1976年ごろからメンバーの周りで不慮の事故や身内の不幸が起こり順調とは言えなかったようです。
そして、1980年にメンバーのジョン・ボーナムが亡くなったことで、解散することになりました。
現在、残念ながらレッド・ツェッペリンとしての活動は行われていませんが、メンバーそれぞれが音楽の世界で新たな道を歩み続けています。
解散しているのは残念ですが、レッド・ツェッペリンの楽曲は、時代を超えて世界中のファンを魅了し続けています。
レッド・ツェッペリン。そのバンド名は「鉛の飛行船」という意味です。
その名前が付けられた由来に興味深いエピソードがあります。
当初レッド・ツェッペリンのギタリストとなるジミー・ペイジは、別のメンバーと新しいグループを立ち上げようとしていました(結局そのグループの立ち上げはなくなりました)。

そのメンバーへ誘っていたジェフベックの録音に同席した際のこと。
同じくメンバーに誘われていた「The Who」のキース・ムーンとジョン・エントウィッスルが、新しいバンドを結成する場合「(今自分たちがいるバンドを辞めたら)そのバンドは鉛(Lead)のように重く、飛行船(Zeppelin)のように崩壊するだろう」とジョークを言いました。
その言葉を気に入ったジミー・ペイジが、自身の新バンド名として採用。
また、「Lead」だと「リード」と誤読される可能性があるため、マネージャーのピーター・グラントの提案で「Led Zeppelin」という表記になったと言われています。

レッド・ツェッペリンは正式な結成から1980年の解散まで、主に4人のメンバーで活動していました。
再結成後は他のバンドから参加するゲストミュージシャンもいますが、こちらでは主要なオリジナルメンバーを解説します。
バンドのオリジナルメンバーは以下の4人です。

Dina Regineロバート・プラントは1948年に生まれのボーカリストです。
幼少期から音楽が好きで、特にブルースやフォークに影響を受けていたようです。
16歳から様々なバンドに参加し音楽活動を行っていました。
プラントの歌唱は、圧倒的な声量とハイトーンボイスが特徴的でした。
この「ハイトーンで歌唱する」スタイルは、世界中に衝撃を与え、レッド・ツェッペリン登場以降のボーカリストの歌い方にも大きな影響を与えました。

レッド・ツェッペリン解散後もソロ活動を展開し、アルバム『Pictures at Eleven』や『Now and Zen』など、フォークやワールドミュージックの要素を積極的に取り入れた独自の楽曲を世に送り出しています。
※ワールドミュージック:世界中の音楽文化、もしくは非西欧諸国のポピュラー音楽の総称

https://www.openculture.com/2016/09/jimmy-page-rocks-the-theremin.htmlジミー・ペイジは1944年に生まれたギターリストです。
バンド結成を呼び掛けた実質的なリーダーであり、総合的なプロデュースも担当していました。
作詞・作曲から演奏まで一通りこなせるオールマイティな人物ですが、特に作曲能力が評価されており、中でも「リフ」(リフレイン。楽曲の中で繰り返されるコード進行のこと)は印象的であると言われています。
レッド・ツェッペリンの名前を知らない人も、楽曲を聴けば「あ、このフレーズ分かる!」というものが多いのも、ジミーの作成するリフが見事であることを表していますね。
最初はセッションギタリストとして活動していたペイジですが、1966年にエリック・クランプトンなど、有名ギタリストを多く世に出した「ヤードバーズ」のメンバーとして活躍します。
※セッションギタリスト:アーティストのレコーディングやライブを演奏するためのプロミュージシャンのこと。
ヤードバーズを脱退後、他の4人とともにレッド・ツェッペリンを結成した流れになります。

ギタリストとしての評価は高く、ローリング・ストーン誌の「歴史上最も偉大なギタリスト」2023年ランキングで3位に入っています。
解散後はソロ活動やThe Firm、Coverdale/Pageなどの新しい音楽プロジェクトにも関与しています。

ジョン・ポール・ジョーンズは、1946年生まれのベーシスト・キーボードです。
楽器に精通した「楽器オタク」としても知られており、50種類以上の多彩な楽器を操ることができます。
ついには、使用した楽器の図鑑本まで出版されるなど、プロ志向かつ、何でもできるバンドマンであったことが見えてきますね…!

ジョーンズの家族は、父親がピアニスト兼アレンジャー、母親が音楽関係の仕事をしているなど、音楽と非常に関わりの深い音楽一家でした。
そのため、幼少期からピアノを中心としたクラシック音楽・ゴスペル・ブルースなど幅広いジャンルに触れており、レッド・ツェッペリンが音楽ジャンルを広げることができたのは、ジョーンズの影響が大きいとファンからは言われています。

ジョン・ボーナムは、1948年生まれのドラマーです。
圧倒的なパワーとグルーヴ感のあるプレイスタイルで、デビュー前すら「イギリスで最も大きな音を出すドラマー」として噂になるほどでした。
もちろんパワフルさだけではなく、シングルバスによる「頭抜き三連」などバリエーション豊かなドラムフレーズを編み出す表現力・技術力も飛びぬけていました。
その演奏はハードロックドラミングの基準となったと言っても過言ではないでしょう。
※ドラミング:ドラムの演奏のこと。
※シングルバス:片足だけでバスドラムを鳴らすもの。
破天荒な言動もメンバー随一で、宿泊したホテルでは、テレビを窓から投げ捨てる、メンバーを驚かそうとして購入した日本刀を持って隣部屋まで壁を破壊するなど、ハチャメチャなことをしでかしています。
1980年に急逝し、この出来事がきっかけでレッド・ツェッペリンは一度解散することになります。
亡くなった後もボーナムの業績は人々の記憶に刻まれているようで、2016年にローリング・ストーン誌が発表した「歴史上最も偉大なドラマー100人」で1位に選ばれています。
息子であるジェイソン・ボーナムは父と同じくドラマーとして活躍しています。
2007年に行われた「Ahmet Ertegun Tribute Concert」でも、レッド・ツェッペリンのドラマーとして演奏しました。
この時の演奏で多くの人がジェイソンの技術を評価し、ロバート・プラントからは「今日、彼は父に追いついたんだ」という称賛を送っています。
幻の5人目?もう一人のツェッペリンと言われる「ピーターグラント」とは!

The rakish fellowレッド・ツェッペリンを世界的ロックバンドに押し上げた人物として「ピーター・グラント(Peter Grant)」をご存知でしょうか。
ピーター・グラントはレッド・ツェッペリン結成以前からジミー・ペイジを支え、バンド誕生にも深く関わった人物です。
また、その強烈な手腕と実績から「レッド・ツェッペリンを導いた男」「もう一人のツェッペリン」と呼ばれています。
革新的な実績の一つとして、「バンドファーストの契約」が挙げられます。
当時の音楽業界はバンドの宣伝・PRを担当するプロモーターによる買い手市場だったため、ミュージシャンにとっては不平等な契約を結ばれることもあったようです。
当時のコンサート業界では、チケット収益はプロモーター側が約5割を持っていくのが標準で、バンド側が多く取れる契約はほとんど存在しませんでした。
ピーターはそこに真っ向から異議を唱え、1970年代初頭にはツェッペリン側が9割、プロモーターが1割という前代未聞の条件を実現させました。
また、マーケティングの能力も並外れており、テレビ出演やインタビュー取材などのメディア露出を減らすことで、謎めいたロックスターとしてのブランディングを行いました。
バンドの破天荒なエピソードもあえてそのままにし話題性を持たせた、という説もあるようです。
敏腕マネージャーのピーターでしたが、晩年は糖尿病やコカイン依存などによって健康状態が悪化し、1995年に心臓発作で亡くなりました。
レッド・ツェッペリンはアルバムの売り上げを重視していて、シングルの発表を極力控えていました。
それに加え、実質的な活動期間はわずか10年でありその中で発売されたアルバムは9つ。
「聴くなら何が良いアルバムか知りたい」
そんなお悩みを持つ方のために、「これだけは聞いておきたい!」と思う名盤を3つ紹介します。

『Led Zeppelin II』は、1969年に発売された2枚目のアルバムです。
ハードロック色が強くヘヴィなサウンドを前面に押し出しており、「レッド・ツェッペリン」というバンドの色を世に知らしめた作品となっています。
タイトルの中でも、「Whole Lotta Love(胸いっぱいの愛を)」が世界的に大ヒット。
2021年にはイギリスの「Total Guitar」誌とアメリカの「Guitar World」誌による読者投票で、この曲のイントロリフが「史上最高のギターリフ」に選ばれました。
他にも、エッジのあるイントロから中盤に即興的なギターソロが繰り広げられる「Heartbreaker(ハートブレイカー)」、ジョン・ボーナムの圧倒的なドラムソロのために作られた「Moby Dick(モビー・ディック)」など、個々の卓越した演奏技術が存分に発揮されてた楽曲を聴ける点も、このアルバムの魅力です。

『Physical Graffiti』は、1975年に発売された2枚組アルバムとなります。
新曲に加えて、過去の未発表曲が収録された意欲作です。
このアルバムのハイライトのひとつが、「Kashmir(カシミール)」です。
エスニックな雰囲気を持つメロディと絡みつくような重厚なリフ、プラントの神秘的な歌詞が融合し、壮大な世界観を作り出しています。
このアルバムの中でも最も評価が高く、ライブでも欠かせない定番曲となりました。
また、実験的な楽曲が多いのも特徴です。
「In My Time of Dying(死にゆくとき)」では、スライドギター奏法を駆使したブルースロックが炸裂し「Trampled Under Foot(トランプルド・アンダーフット)」では、ファンキーなグルーヴとジョン・ポール・ジョーンズのキーボードが印象的なサウンドを生み出しています。
※スライドギター:スライドバーと呼ぶ棒を指に装着または持ち、弦がフレットや指板から浮いた状態のままバーを任意の位置で弦に接触させ、ピッキングして発音する奏法
アルバムジャケットには、ニューヨークの建物の写真が採用され、窓部分をくり抜くことでジャケットを変化させるギミックが施されています。
このようなアートワークも『Physical Graffiti』の独創性を際立たせている理由の一つです。

『Led Zeppelin IV』は、1971年にリリースされたアルバムです。
ハードロック、フォーク、ブルースが絶妙に融合し、バンドの最高傑作と称される名盤となります。
注目したいのは、悲哀に満ちた雰囲気が印象的な名曲>「Stairway to Heaven(天国への階段)」です。
アコースティックな序盤からドラマチックに盛り上がり、ジミー・ペイジのギターソロが炸裂するクライマックスへと至る構成は圧巻と言えます。
アルバム全体を通してバラエティに富んだ楽曲が揃っているのも魅力です。
エネルギッシュで特徴的なリズムが耳に残る「Black Dog(ブラック・ドッグ)」、クラシカルロックなナンバー「Rock and Roll(ロックンロール)」なども収録されており、レッド・ツェッペリンの音楽性の幅広さが存分に表現されています。
アルバムジャケットには、バンド名やアルバムタイトルが一切記載されておらず、シンボル(四つのルーン)がデザインされています。
そのため、このアルバムには正式なタイトルはないのですが、世界的に見ても「Led Zeppelin IV』」と呼ばれることが多いようです。
結果的に『Led Zeppelin IV』は、全世界で3700万枚以上のセールスを記録し、今なおロック史に輝く金字塔として君臨しています。

レッド・ツェッペリンは2010年代までは、何度か再結成のライブを行っていましたが、2020年に入ってからの活動は残念ながら確認できません。
各メンバーからは再結成を否定する発言が出ています。
ロバート・プラントは「ベルトコンベアに乗って次々やってくる期待にはうんざりだ」
ジミー・ペイジは「現実を直視しなければならない。一度だけマジなコンサートを何とか成し遂げたO2(アリーナ)から10年以上が過ぎたし、とても長い期間に俺たちがやったことと言えばあれだけだから、もう他に何かやるとは思えないな。」
ジョン・ポール・ジョーンズは「(2007年12月に再結成ライブ後、プラントに代わるボーカルを入れての再結成を計画しがったが)シンガーの件について意見がまとまらず、再結成の話は流れてしまった」
とそれぞれ語っています。
今後、レッド・ツェッペリンとしての音楽活動を見るのは難しいかもしれません…
ファンとしては、粘り強く吉報を待ちましょう!

レッド・ツェッペリンのバンドとしての音楽活動は行われていませんが、過去の活躍を発信するメディア展開は、今も行われています。
レッド・ツェッペリンのメンバーが初めて公認したドキュメンタリー映画『Becoming Led Zeppelin』が、邦題『レッド・ツェッペリン:ビカミング』として2025年9月26日(金)よりTOHOシネマズ 日比谷ほか全国で公開されました。
バーナード・マクマホンが監督を務め、1960年代の音楽シーンを背景に、バンドの結成から、アルバム『レッド・ツェッペリンII』が1970年にチャート1位を獲得するまでの軌跡を追う内容となっています。
メンバー自身の言葉でバンドの原点が語られ、未公開のジョン・ボーナムのインタビューをはじめ、ジミー・ペイジ、ロバート・プラント、ジョン・ポール・ジョーンズの新インタビューや、未発表の映像・写真・パフォーマンスなども収録されています。
『レッド・ツェッペリン:ビカミング』公式サイト
『レッド・ツェッペリン:ビカミング』配信・レンタルサービス一覧
公開後の反響も大きく、洋画ランキングで第1位を記録。公開7日間で異例の興収1億円超えを達成しています。
ファンはもちろん、ロック史に興味のある方にもぜひ劇場で体感してほしい作品です。
また、こちらは余談となりますが、ジミー・ペイジに憧れ、その演奏技術・衣装・動きを完全に再現した日本人ギタリスト、ジミー桜井を追ったドキュメンタリー映画、『Mr. JIMMY(ミスター・ジミー) レッド・ツェッペリンに全てを捧げた男』も、2025年1月10日に公開されています。
劇場公開は終了していますが、配信サービスでの視聴も展開されているため、気になるかたはぜひチェックしてみてください。
いかがだったでしょうか。
この記事では、レッド・ツェッペリンの経歴と名前の由来、メンバーのプロフィール、おすすめ名盤、現在の活動について解説しました。
記事を読んで、「レッド・ツェッペリンの曲に興味がわいた!」「試しに数曲聴いてみたい」と思った方は、以下のサブスクから視聴できます!
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