
岡山県岡山市のお客様より、中森明菜さんのシングルCDを38枚まとめてお譲りいただきました!
良盤ディスクをご利用いただき誠にありがとうございます!
約10年ぶりとなるニューシングル「ごめんと、すきと、」のリリースや、各地を巡るライブやディナーショーの開催など、今の音楽シーンを再び大きく揺るがし続けている中森明菜さん。
そんな彼女が駆け抜けてきた過去の軌跡を改めて辿るように、1982年の「スローモーション」から、1999年の「オフェリア」までの8cmシングルCDがずらり。
世に出た8cmCD全揃いではございませんが、これだけまとまって並ぶと、やっぱりテンションが上がりますね。
今回は、お譲りいただいた38枚とともに、当時の仕様やそれぞれの曲にまつわる裏話をご紹介していきます。


1982年のデビュー曲「スローモーション」から1984年の「飾りじゃないのよ涙は」までの初期10作品。
1988年7月25日に一斉に8cmCD化されたものです。
「スローモーション」といえば、本人が仮歌を録音したカセットテープを持って中学校へ行き、担任を通じてクラスメイトに投票してもらったという話が有名です。
結果は「スローモーション」が3位で、1位はアルバム『プロローグ〈序幕〉』の「Tシャツ・サンセット」だったそうですが。
「少女A」以降も、たくさんの曲の中から本人が実際に仮歌を歌って選考していくスタイルが取られていました。
「1/2の神話」にはもともと「不良1/2」というタイトル案があったり、「十戒 (1984)」ではディレクターの島田雄三氏が売野雅勇氏に「強い女性路線」で作詞を依頼していたり。
その一方、作曲の高中正義氏が自身の判断で松任谷由実氏と詞について話を進めてしまい、依頼が重複するドタバタ劇もあったりします。
結局ユーミンの詞は不採用となり、売野氏の作詞でリリースされることになりました。


続いては「ミ・アモーレ」から「難破船」までの10作品
ここでの一番の見所は、やっぱり「ミ・アモーレ」と「赤い鳥逃げた」の2枚が並んでいるところです。
同じメロディをもとに、歌詞とアレンジを変えて世に出たこの2曲。(別歌詞&ラテン・ロング・ヴァージョン)かたやシングルとして圧倒的なヒットを飛ばし、片や12インチシングル『赤い鳥逃げた』として別の世界観をぶつけてきた。
その両方がこうして8cmCDの並びで揃っているのを見ると、当時の攻めたリリース戦略の生々しさが伝わってきます。
そして、このゾーンはシングルを一枚めくるたびに、ビジュアルも曲の空気感も完全に別人に生まれ変わり続ける時期です。
「SAND BEIGE -砂漠へ-」のエキゾチックな乾いた空気から、あの金銀の衣装とボブヘアで歌番組の画面を制圧した「DESIRE -情熱-」(ちなみに本来はカップリングの「LA BOHÈME」がA面予定だったのが、本人の強気な意向でひっくり返ったという話も、このジャケットを見ていると思い出されます)、そして歌うことのヒリヒリする痛みを剥き出しにしたような「難破船」まで。
ただ綺麗なジャケットが並んでいるだけじゃなく、それぞれの作品が持つ緊張感や、当時の本人の突っ走るようなエネルギーがそのままパッケージされているような、そんな重みを感じさせる並びです。


続いては「AL-MAUJ」から「夜のどこかで 〜night shift〜」までの10作品。
このゾーンに入ると、8cmCDという規格の過渡期や、CDラッシュだった当時の空気がそのまま形として見えてくるのが面白いところです。
「AL-MAUJ」に続く「TATTOO」の頃なんて、まだアナログレコードと8cmCDが同時に店頭に並んでいた時期。
手元のケースを眺めているだけでも、メディアの主役がガラリと切り替わっていく時代のスピード感が生々しく伝わってきます。
さらにページをめくるように並びを見ていくと、ワーナーミュージック公式でも「平成になり、最初にリリースされたシングル」とされている「LIAR」があり、そこから再びオリコン1位を叩き出した「Dear Friend」、映画『天河伝説殺人事件』の主題歌として強烈な印象を残した「二人静」へと続いていきます。
そして90年代に入ってからの、「Everlasting Love/NOT CRAZY TO ME」や「片想い/愛撫」といった両A面作品や、「夜のどこかで 〜night shift〜」の並び。
全盛期の爆発的な勢いとはまた違う、大人の色気や表現の幅がグッと深まってきた時期の盤が、こうして手元にずらりと揃っているのはやっぱり見応えがあります。


このあたりから雰囲気がガラリと変わります。
1995年の「Tokyo Rose」なんて、アーティスト名義が「Akina」になり、作詞に上澤津孝氏、さらに編曲にブライアン・セッツァーを起用するという、当時かなり攻めた洋楽テイストのサウンドに驚かされました。
さらに、作詞:高見沢俊彦氏、作曲・編曲:小室哲哉氏という当時の強力タッグで作られた「MOONLIGHT SHADOW-月に吠えろ」があったり、バラードの魅力が深まる「帰省~Never Forget~」、そして1999年の「オフェリア」まで。
90年代後半に入っても、明菜ちゃんは自分のスタイルを貫きながら新しい挑戦を次々と形にしていました。
38枚というまとまった数をずらっと並べて、その変化を一気に眺められるのがやっぱり一番楽しいところです。
(↓変化といったら、衣装の歴史についてのブログもぜひご覧ください!)
「スローモーション」から「オフェリア」まで、38枚の8cmシングルCDをざっと振り返ってみました。
やっぱり、こうして年代順に並んだジャケットや仕様の変化をまとめて眺められるのが、シングル盤を集める一番の醍醐味ですね。
良盤ディスクでは、中森明菜さんのシングルCDやアルバム、当時のアーティストグッズや販促品などを一点一点丁寧に拝見し、大切にお買取りしております。
「実家からまとめて出てきた」「コレクションを整理したい」「引っ越しでやむを得ず」など、コレクション整理をご検討の際は、ぜひ弊店へご相談ください。専門のスタッフがしっかりと査定し、次のファンの方へお繋ぎいたします。
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